(愛知県)刈谷高校
「君、君たらずとも」 刈谷高校演劇部 作
《生徒講評委員会》
この作品は「自由について」というものがテーマの作品だった。話が答えを出さないまま終わっていて、先生の行動の後、生徒たちが客席をゆっくり振り向くラストのシーンでは「自由とは何か」「自分の自由とは」を観客の一人一人にその答えを委ね、考える機会を与える意図を感じた。また、「“自由”というものを本当に自分達がわかっているのか。」さらに、劇中に出てくる先生自体「自由」というものが本当にわかっているのか、という疑問も出た。この作品自体が、誰からか導いてもらわないと困るという、現在の若者を表していると議論がなされた。社会全体が、「周りの他人と同じでなければならない」とか、「勝ち組に乗る」とかという風潮に流れているということを表現しているのではないかなど、作品の表現するべきことが全体を通してよく表現されていたと思われる。それ故に、講評委員会の中からも見終わった後に「不気味だった。」「怖かった。」という意見が出たが、全体として深く考えさせられる舞台であった。
脚本の中で、赤紙を受け取る人たちは、エリートだと思っていたが、実は排除のための制度であることがあきらかになった。その後、それをもらわなかった人たちこそ“社会”という戦場へ出されるのではないかということが議論された。話全体として切り詰めた内容の話であったが、笑いをとる部分やタチバナくんと先生の存在により安心でき見やすかった。細かい点では、わからないところもあったが結果的にはそれも受け入れて劇を観ることが出来た。
役者については、ダンスなど動きがたいへん揃っており舞台全体がとても引き締まっていた。ただ、練習をよくされている部分と若干手薄な部分のところがあり、場面場面に差を感じた。また、それぞれのキャラが自分達の役をこなしきっていたが、舞台奥のシーンでは、声量が不足しているという点や、舞台手前の役者の声とかぶっていて聞き取りにくかった。
舞台装置については、学校の教室であることが一目でわかる舞台であった。ただ、舞台奥のオブジェについて、意図がまったくつかめなかったという意見とクラスを比喩しているという意見とがあった。
音響については選曲が良くタイミングも合わせられていたと思う。照明については、単サスの使い方などが舞台全体として全体の印象を引き立てていた。
大人たちに敷かれたレールの中で何かをつかもうとする私たち若者の心情をうまく捉えられている舞台であった。
見る人に友情・人の心・自分の回りについて深く考えさせてくれる舞台だった。
《専門家・顧問審査員会》
鑑賞しながらいろいろなことを考えさせられた劇であった。脚本は生徒の皆さんが協力して作ったということだが,よく練られていた。舞台はとある士官学校で,そこに通う生徒はいつか戦場に立つその日のために日々努力している,と幕開きとともに宣言される。ところが,それからしばらくはごく一般的な高校生活が繰り広げられる。そこへ突然軍隊的な色彩の強い場面が現れる。劇はこのスタイルが基本となって進行していく。
劇が進行するにつれてこの台本に込められたメッセージが少しずつ見えてくる。常に勝つために努力し,赤紙をもらってお国の勝利のために尽くすことを目指す生徒たち。この生徒たちは,社会から常に優秀であることを求められる高校生そのものであり,士官学校とは高校生が抑圧された状況を象徴化したものだろう。他方,生徒たちの軍隊的な言動に違和感を覚える先生。生徒の自主性を重んじようとするがかみ合わず悩む。士官学校的な抑圧への疑問を投げかけるその姿は,早くから子どもを競争にさらす社会に対して疑問を投げかけているようにさえ見えてくる。そして,両者の間で話題に上る赤紙。優秀な者に与えられる赤紙が,実は士官学校の方針から脱落した者に与えられるという事実が明らかになる。いわば社会の要請に沿えなかった落伍者ということになる。さらに興味深いのは,生徒に「自由に何をやったらよいのか」と問わせたことだ。この場面の受け取り方は多様であろうが,自由を奪ってきたことへの反発だろうか,それとも自由を得てかえって活力を失った高校生自身への皮肉なのだろうか。いずれにせよ,いろいろと考えさせられる台本であった(そしてそれが上演校のねらいだったのだろう)。
演技面はよく稽古されており,普通−軍隊の対比もはっきりしていた。照明は赤のシルエットや単サスの使い方など工夫が凝らされていた。音響も選曲やタイミングについてはよく練習されていたのだが,ステージ奥を使う際に役者の声が思うように飛ばず,前スピーカーから出していた音響がかぶっていたのが気になった。改善点としては,まず場面転換である。台本にも関わるのだが,劇中盤のステージ奥を使う場面が何回か繰り返されるので,どうしても単調になってしまい中だるみしてしまうのが惜しかった。台本について付け加えると,赤紙の秘密を明らかにする過程を工夫するとよいのではないか。例えばタチバナは他のクラスメートと違い恋愛もするし軍隊的な色も薄いが,彼には赤紙が来る。なぜ彼に赤紙が来るのかを描くのも1つの手であろう。