「アオヤマくん」の基礎知識
 
<書き手の長々しい言い訳>
ええとですね。このページをちゃんと読むなんていう奇特な人は日本中探しても5人くらい(推定)でしょう。ですから、「ここでしか目にすることが出来ない重要な情報」は期待しないでください。5人だけを特別扱いしたら不公平になるし、そもそも劇は舞台で見るもんです。見終わってから「あれはどういうことだったのかなぁ。そうだホームページを見たらヒントがあるかも」なんてのは間違った観劇態度というものです。
そういえば幕間討論でたまに「この劇のテーマは、僕はコレコレだと思うんですけどあってますか」なんて言う人がいますよね。あってますか、ってなんですか。劇はテストじゃないし、幕間討論会は答え合わせの時間じゃないぞ。感動というのは、おのおのがその感受性に基づいて行うきわめて個人的な体験なのだ。僕が面白く感じても君は感じないかも知れない。その反対ももちろんある。人に頼るな。自分を信じろ。だからこういう発言者を見かけるとその後頭部に真空飛び膝蹴り(古いっ)をぶちかましたくなります。そこの君、気をつけるように。
ただ。うちの劇を見て質問したくなる気持ちはわからないこともないです。ていうか、心情を察することができないこともないこともないこともないこともない。どっちなんだ。
福商の劇はよくわからん。何を言いたいんだコラ。演劇をナメとるのか。豚汁で面を洗ってこい。などと、福井県でもよく言われます。いやいや。よく言われてはいません。福井県のお客さんはみんな紳士的です。そのかわり、なんつーか暗黙のテレパシーっていうか意味ありげな目配せっていうかとか口の端の薄笑いっていうか、てめえら言いたいことがあるならはっきり言いやがれいっっっっっ! (待機していた医療班が怪しげな注射を打つ。ぷすっ。ちゅーっ。)・・・はあはあ。えと。なんの話だったかにゃ。
ああそうそう。わかりにくいと言えば確かにわかりにくい。それは認める。というかそのくらいの自覚はある。すまん。でもね、世の中なんてそんなもんでしょ。わかりにくいでしょ。政治だって経済だって未来だって、みんなわかりにくい。どうして演劇だけがわかりやすくなくちゃいけないのか。確かにテレビドラマとか映画(の一部)はわかりやすいです。でもそれは、日本全国の、不特定多数の、チップス食ってビール飲んでるほろ酔いお父さんにも、台所で洗い物をしながら断続的にテレビ画面に視線を飛ばしているお母さんにも、今日の宿題をちゃぶ台の上に広げて英単語を調べつつ耳だけドラマの方に向けている高校生にも、どんな人にも「わかる」ように作らなくてはいけないという制約があるからに過ぎません。だから船○おじさんも○平おばさんも、東尋坊の断崖絶壁の上で長々と謎解きを最初から全部言わなくちゃならないんです。あそこ危ないんですよ。ほんと、俳優さんって生命保険、はいってるのかしら。
でも、演劇がおんなじことをする必要はない。みんなにわかるように作る必要なんかないんです。劇の最後に役者が舞台の前の方に並んで斜め30度上を向いていい感じの音楽を背景にみんなで感動的なセリフを叫ぶ、なんてことはしなくていいんです。お客さんは、そんなことしなくてもちゃんと理解してくれる。理解する力を持っている。だって、劇場ではビールも飲んでないし洗い物もしてないし英単語を調べてもいないんだから。
というわけで私たちが目指すべきはテレビドラマとは反対の方向です。劇のなかの、必要ないところ、過剰なところをそぎ落としていく。するとどういうことになるか。作り手が情報を押しつけるのをやめれば、お客さんが自分で感じる部分が増えてくるはずです。お客さんが自分の感性や想像力をめいっぱい働かせ始めるはずです。脳味噌がフル回転し始めるはずです。それこそが、感動ってものじゃないか。
だからうちのは、わかりにくいんじゃなくて、お客さんの感性の発動を促す劇なんだってば。そうなの。そういうことなの。そういうことにしてください。お願い。
 
<アオヤマくんシリーズについて>
この劇は「アオヤマくん」シリーズの第三作にあたります。6月に「ヒトリのキモチ」」、と7月に「戦え! アオヤマくん」を上演しています。
「ヒトリのキモチ」はアオヤマくんがこの世界に降臨した最初の物語で、転校生のタチバナさんに恋してしまって勢い余ってストーカーになって先生にぶっ飛ばされる話です。「戦え! アオヤマくん」は、それでもめげない彼がタチバナさんと友だちになって学校を改革しようとする話で、その一部は今回の劇に組み入れてあります。
なお、この三作目でアオヤマくんは死んでしまいます。地球を救うために爆弾を抱えて太陽に飛び込んでしまうんです。いや、それは鉄腕○トム。犯人を追跡中に腹部を撃たれて「なんじゃこりゃあああ!」と叫ぶんです。いやいや、それは松○優作。ソウルジェムが絶望で濁りきって魔女と化してしまうんです。いやいやそれもうなんだか性別からして違うし。
ただ愛着のあるキャラクターなので、また復活するかも知れません。「メカアオヤマくんの逆襲」とか。マジすか。
 
<福井商業高校と演劇部について>
福井商業高校は福井にあるので、先生の半分は越前ガニです。もう半分はエチゼンクラゲ。あと、生徒は全員体内に原子炉を装備しているので体力抜群です。問題はトイレで、みんなが放射性廃棄物をナニしていくもんだから、夜中も青く光って不気味です。チェレンコフ放射って言うんだよって、理科のエチゼンクラゲ先生がゆってました。嘘です。ごめんなさい、○島先生。
でも福井県に原発が多いのはご存じの通りです。最近になって、地震対策は強化したからもう安全だとか火力発電よりコストが安くすむから経済発展のために必要だとかCO²の排出が少ないから地球環境にいいとか、わけのわからんことをいう大人たちが湧いて出るようになりました。喉元過ぎるとすぐにいい気になるのが人間の駄目なところですね。そのへんをきちんと描いたのが今年の全国大会・青森中央高校の「翔べ! 原子力ロボむつ」ですが、アレをちゃんと日本中の人たちが見てくれたらなあ。
おっと。演劇部について説明してなかったですね。福商演劇部は歴史と伝統ある演劇部で、江戸時代から伝わる秘伝の部員を使っているところが自慢です。毎年使った分だけ新しく補充して部員を作っていますから他の店とはコクと深みが違います。部室の底の方には帯刀してチョンマゲした部員も残ってるんじゃないか、っていう話ですが、確認したことはありません。顧問は今のおやっさんが一五代目で、ちゃきちゃきの江戸っ子です。「うちは娘しかいないから、いい婿さんを探さなきゃなあ」と笑って語ってくださいました。もう、何書いてるんだか。
 
<今年のチャレンジ>
セリフがない劇だの、役者がいない劇だの、イロモノ演劇やらせたら日本一な私たちが今回私たちがチャレンジしたのは「上演するたびに変わる劇」です。はい。上演するたびに内容が変わるんです。マジかよ。これを思いついたときは、やった面白いじゃん、と思ったんですが、考えたら中部大会ってどの学校も1回しか上演できないんですよね。当たり前です。あららー。というわけで違う劇が見たい人は、福井まで見に来てください。
そういう事情ですから、今回の上演が面白くなるかどうかは、私たちにもわかんないんです。なんていうか、演劇の神様次第? って感じ? 
なので、すっげえつまんなくても石を投げないでね。って結局最後は言い訳かー。