「零」、その謎に満ちた生い立ち
 
なんでもそうですが、いきなりポンと生まれることはありません。あなたも私もお父さんとお母さんがいたから生まれたんだし、お父さんとお母さんもそれぞれお爺ちゃんとお婆ちゃんがいたから生まれました。というわけで「零」にだって、先行作品があったわけで、だから今日ここに集まってもらった皆さんにはそのご先祖様についてのお話をしたいと思います。(割れんばかりの拍手)。
 
以下は今年の4月に書いた全八話の短編劇です。中村家という平均的日本の家族がイジメやリストラや宇宙人の地球侵略に立ち向かうというスチャラカな連作で、第七話は彼らが久しぶりに地球に戻ってみると・・・、というお話。もともとは、演劇の研修会がありまして、そこでちょちょっと集まってちょちょっと稽古してちょちょっと上演できるような脚本をちょちょっと書いてみたっちゅーわけですな。
 
 
 
 中村家の罪と栄光  第7話「中村家と戦争と平和」
 
○戦争の音。光。逃げ惑う中村家。
 
ばあさん もうダメ。私をおいていって。もう走れません。
じいさん ばあさん、頑張るんじゃ。こんなところにおったら、
ばあさん もう駄目です。これ以上走ったら死んでしまいます。ここにいても死ぬし、走
     っても死ぬなら、私はここにいますよ。
じいさん ばあさん。まったく、言い出したら頑固なんだから。
弟    ボクももう走れないよ〜。
母さん  おとうさん。
父さん  仕方がない。ここで少しだけ休もう。ヒロカズ、まわりの安全を確認してきて
     くれ。アケミ、母さんと一緒に、どっかに水がないか、探してきてくれ。ただ
     し、十分に気をつけること。いいな。
兄ちゃん わかった。
姉ちゃん おっけー。かあさん、行こう。
 
○兄ちゃんと姉ちゃんと母さん、退場。
 
じいさん やっと帰ってきたと思ったら・・・ここは本当に地球なのか。
ばあさん 本当ですよ。いったいどうなってるんでしょう。
父さん  それがどうも・・・信じられないんですけど、戦争しているみたいですね。
じいさん そのようじゃな。しかし、いったいどうして・・・。
父さん  こんなことならアンドロメダ星にいた方がずっと・・・誰だ!
 
○袖から難民が出てくる。
 
難民   う、撃たないでください! なんにもしません! 何にもしませんから!
父さん  こんなところで何してる!
難民   助けて、助けてください!
じいさん あの、ちょっと聞いていいかね。あんたはいろいろ知ってるみたいだ。
難民   へ?
じいさん 私たちはここに久しぶりに戻ってきたんじゃ。そうしたらずいぶんな変わりよ
     うで・・・いったいこの国に何があったんだね。私たちがいた頃はこんなじゃな
     かった・・・日本は平和な国だったんじゃ。
難民   あの・・・それはほんとの話ですか。
父さん  ああ。ちょっと事情があって、この国を離れていたのは本当だ。
難民   いやそうではなくて、日本が平和な国だったって・・・いったいいつの話です
     か。
父さん  え?
難民   日本が普通に戦争をする国になって、ずいぶんになります。
 
○照明が変わる。まるで教室のように。
 
難民   みんな、2015年という年を覚えておくんだぞー。ここは絶対試験に出すか
     らなー。この年、政府は集団的自衛権を閣議決定したんだ。これが全ての始ま
     りだったわけだな。
     「集団的自衛権」これも試験に出すからなー。ちゃんと意味が説明できるよう
     にしておけよ。これは、簡単に言えば「仲間の国が攻撃されたときには一緒に
     戦う」ってことだ。たとえば日本がどこかの国から攻撃されたら、アメリカが
     一緒に戦ってれるってわけだ。これはいいことのような気がするよな。アメリ
     カが味方についてくれれば、すごく安心だもんな。だから当時の政府は「集団
     的自衛権は日本の安全のためにあるんだ」って言ってたわけだ。
     でもいいことばかりじゃない。アメリカが戦争をする時は日本も戦争に参加し
     なくちゃいけないんだ。アメリカ軍と一緒に日本の自衛隊も戦場に行って銃を
     撃たなくちゃいけないってことだ。そして、実際にそうしたんだ。
     2018年。シリアに展開した自衛隊はイスラム国の軍隊と戦うことになった。
     数十名の死傷者を出したものの、装備に勝る自衛隊はイスラム国を圧倒した。
     日本もなかなかやるじゃないか、そういう評価が世界を駆け巡った。これで名
     実ともに先進国の仲間入りが出来た。そう言って首相は涙を流して喜んだそう
     だ。国民も大半がそう思った。自分たちが戦場に行ったわけじゃないからな。
     2020年。東京オリンピックが開催された。海外から多くの観光客が訪れ、
     日本は空前の好景気に沸いていた。そしてそこで自爆テロが起きた。
 
○爆発音。
 
難民   新しく建設された国立競技場は完全に崩壊し、死者は数万人に達した。「テロ
     を許すな」「尊い犠牲を無駄にするな」を合い言葉に憲法は改正され、自衛隊
     は普通に軍隊になり、日本軍は普通に海外で戦争をするようになり、たくさん
     の敵を殺した。しかし、たくさん敵を殺してもテロはなくならなかった。むし
     ろ増えた。日本はいつもどこかで爆弾が爆発する国になった。いつも軍隊が出
     動する国になった。やがて・・・気がついた時には日本中が戦場になっていた。
兵士   そこまでだ。
 
○兵士登場。うしろに兄ちゃん・姉ちゃん・母さんがついてきている。
 
兵士   おとなしくついてこい、脱走犯。
父さん  脱走犯?
兵士   この男は危険思想の持ち主でね。収容所から脱走したので探していたんだ。ご
     協力ありがとうございます。さあ、くるんだ。
父さん  あの、あんた、もしかして学校の先生をしてたんじゃないか。
難民   昔のことです。ずっと昔、高校で教えていました。
兵士   さっさと歩け。
難民   でも何もできなかった。こうなるとわかっていたのに何もしなかった。私はた
     だの卑怯者です。
 
○兵士と難民、退場。
 
兄ちゃん 俺行くよ。
父さん  え?
兄ちゃん 俺、軍隊に入る。
父さん  ええ?
兄ちゃん さっきの人と話したんだ。おれ、家族を守りたい。みんなが平和に暮らせる国
     にしたい。だから行って軍隊に入る。
父さん  馬鹿なことを言うな。
姉ちゃん あたしも行く。あたしもみんなを守りたい。
父さん  お前まで何馬鹿なことを、
姉ちゃん なんでだよ。家族を守る、そのどこが馬鹿なんだよ。
じいさん どうやって守るんじゃ?
兄ちゃん どうやって?
じいさん 銃か。ミサイルか。核兵器か。どっちみち敵を倒すんじゃろう。悪いヤツラを
     やっつけるんじゃろう。じゃが、そいつらにも家族があるんじゃ。そいつらも
     実は自分の家族を守りたかっただけなんじゃ。
兄ちゃん じゃあ、どうしたらいいんだ。何もしなかったらただやられるだけだ。やられ
     る前にやっつけなきゃ駄目なんだ。
母さん  母さんはあんたたちに人殺しになって欲しくないわ。
姉ちゃん 人を殺したいなんて言ってない! でも、あたしは父さんや母さんに死んで欲
     しくない! そのためだったらなんだってする! だって家族なんだから!
父さん  よし、わかった!
みんな  え?
父さん  みんなの言いたいことはわかった! だから、これからどうするか、私が決め
     る! 中村家の未来は私が決める! いいな!
母さん  おとうさん・・・
父さん  中村家はこれから・・・逃げる!
みんな  えー?
父さん  逃げて逃げて逃げまくる!
兄ちゃん そんな情けない、
父さん  情けなくない! 私たちは殺さない! 自分も、相手も殺さない! そのため
     に、命のある限り、全力で逃げ続ける!
母さん  ・・・いいわね。
兄ちゃん ・・・ああ。
姉ちゃん うん。
弟    ボクも走るよ。
じいさん よかろう。
ばあさん 見直しましたよ。
父さん  よし! 中村家、逃げるぞ!
みんな  おおー!
 
○中村家、全力で走りだす。
 
 
 
研修会は無事にすみました。
でもそのあとに思ったんですね。これ、何の意味があるんだろうって。劇作って、それで何になるんだろうって。
イジメの劇作ってイジメがなくなったか。戦争反対の劇作って戦争がなくなったか。そもそも高校演劇の劇場なんて、どうせ友達と家族と年齢不詳正体不明のおっさんくらいしか見に来ないじゃないか。
(「あれは高校演劇界のエラい人だぞ」)
え嘘。いやあのその、とにかく。
世界が戦争の方向に進みつつあることは誰でも感じていると思います。僕が感じるくらいなんだから。でも、その流れを止められないでいる。どうしようもないと感じている。日々の仕事や勉強やネット動画に力を注いで、見ないふりをしている。忙しくしている。
こんなことなら、演劇なんて意味ないんじゃないか。選挙で一票投じても意味ないんじゃないか。ここでこんなこと書いても意味ないんじゃないか。
(「あのさ。気がついてないかも知れないけど、ここまで、あんまり笑いがないよ?」)
う、うるせえ。
たまに真面目になることだってあるんだ。
演劇なんか意味がない。
人生に意味はない。
でもそうじゃないんだ。
ていうか、そうじゃないと思いたい。
僕たちは理想の社会に暮らしているわけじゃない。政治も文化も未発達。戦争や貧困が存在するのがその証拠。正しい世界はいまだ遙か遠くにある。
だから僕たちは無力だ。今は無力だ。無力じゃなくなるためには、ここから歩き出すことだ。隷属している自分が嫌なら歩き出すことだ。正しい世界に向かって。死ぬまでずっと歩き続けてもなお、理想の世界は遠いだろう。でも、みんなそうやって歩いてきたのだ。いつか無力でなくなる日を夢見て。
そんな人間「サチコ」を主人公にして「零」が生まれたのです。
(「最後まで笑いがなかった。なんか気持ち悪い」)
・・・あのなあ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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